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うなぎ雑学

 

うなぎの生態の謎〜うなぎが性転換!?〜

 うなぎは繁殖方法や生態など、とても謎の多い魚です。 海で生まれ、川へやってきて、川を上っていき、また再び海に戻って産卵することはわかっていますが、その詳細はまだ判明していないことばかりです。

 半世紀近い間、太平洋のうなぎの産卵場調査が続けられていましたが、2005年ようやく、東京大学海洋研究所の調査船が孵化したばかりのうなぎ(プレレプトセファルス)を大量に採取することに成功しました。これによりニホンウナギの産卵場所はマリアナ諸島西方の3つの海山の一つ、スルガ海山のごく近くであることが推定できました。この時、世界で初めて産卵場所をほぼ特定することができたのです。しかしながら、未だ産卵中のうなぎは発見されておらず、その産卵についてはまだ謎が多いのです。

 完全養殖については2010年度にはじめてせいこうしたものの、現在でも養殖経営に必要なシラスの量産技術は開発されていません。

 

 うなぎは川を上っていきますが、そののぼる力も脅威的です。川の途中に滝があっても上ることができます。中国の揚子江では上流まで2000km近くをも泳いでしまうのです。その生命力や寿命の長さも謎です。
 また、性別がはっきりしたのも比較的最近のことです。19世紀まで雄と雌がいることすら判明していませんでした。うなぎは実は幼魚のうちは全部雄で、水質や餌など過ごした環境によって性転換し雌になるのだそうです。

 うなぎの語源についてですが、「むなぎ」が語源と言われています。書物でそれが証明されるのは万葉集で、その中で『むなぎ』と書かれていました。なぜ「むなぎ」なのかには様々な説があります。胸が黄色いので「胸黄(むなき)」が変化したという説もありますが、「む」が「身」、「なぎ」が「長し」の意味からだという説の方が有力です。その後「うなき」へ変わり、現在の「うなぎ」に変わっていったとされています。

 

うなぎの食用の歴史〜短歌にもうたわれたうなぎ!〜

 うなぎが食べられるようになったのはいつ頃なのでしょうか?実は縄文時代の貝塚遺跡からうなぎの骨が出土していたそうです。
文献としてうなぎを食用していた記録が残っているのは奈良時代後半、万葉集の中の大友家持の歌です。
 この頃から一般的にうなぎが食べられていたのではないかと言われています。

 

 現在、うなぎの料理法の主流である蒲焼が、文献に最初に現れたのは14世紀末です。その頃は現在のように開いてタレを付ける調理方法ではなく、白焼きやう雑炊(うなぎをぶつ切りにしたものから骨を抜き、雑炊にしたもの)などでした。現在の蒲焼のように調理されるように変化したのは、味や風味のよい醤油などの調味料が出回るようになってからと言われ、18世紀後半と思われます。そして19世紀前半、江戸で食を楽しむ事が流行したこともあり、蒲焼の全盛期を迎えたようです。

 

土用の丑の日の由来〜江戸時代の“キャッチコピー”!?〜

 またうなぎ食用の流れの中で、現在定着した『土用の丑の日にうなぎを食べる』という風習がどのようなきっかけで始まったのか、いくつかの説があります。書物によると江戸時代からであり、それを広めた人は平賀源内説と大田蜀山人説とがあるようです。現在、広く知られているのは平賀源内説ではないでしょうか。

 

 江戸時代、もの知りで有名だった科学者の平賀源内が繁盛しないうなぎ屋に頼まれ、「本日、土用の丑の日」(うなぎ召しませという意味で)という看板を書き、店にたて、博学の先生が丑の日にうなぎと書くのだからと評判になり、その店が大変繁盛し、他の店がそれをまねするようになり広がった、という説です。

 

 他にも、江戸時代末期、大名にうなぎを納めていた春木屋善兵衛という人が、大量のうなぎを納めた際に、丑の日に納めたうなぎ蒲焼だけが変質しなかったところから、うなぎ蒲焼は丑の日に限る、と考えられたという説もあります。これが有力な説と書かれているものもありますが決定的な説はありません。

 

東と西の蒲焼の違い

うなぎの蒲焼きは、関東と関西で料理法が違います。どんな風に違うのかご説明します。

  関東 関西
開き方 背開き 腹開き
江戸時代中期、「切腹」を連想する腹開きは縁起が悪いと嫌われたことから背開きをするようになったと言われています。 関西で腹開きにするのは、商人文化の関西で「腹を割って話せるように」と腹開きにしたからだと言われています。
焼き方 一度皮の方から白焼きした後、せいろで蒸してから再び焼きます。ふっくら柔らかいのが特徴。 タレをつけて蒸さずに焼きます。焼き上がったら頭を落とします。香ばしくてぱりっとしているのが特徴。
料理 「うな重」や「うな丼」が一般的です。 「うな丼」のことを一般的に「うなぎまむし(まぶし)」といい、ご飯の間にも蒲焼きを挟んだものがあります。
調理技術 「串打ち三年、割き五年、焼き一生」と言われ、うなぎを焼く技術もさることながら、「割き」と呼ばれるうなぎをさばく技術も難しいとされています。 関西でも同様で、調理技術は難しいとされています。
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